留年を選択するまで

「高校だけは卒業しなさい。」

母から何度も何度も言われた言葉。


「昔とは違うんだから!今時、中卒じゃ働けるところが限られてる。あんたが働きたいと思ったところでは働けないかもしれない。」


「今学校辞めたってこれから何するつもり?」


…。


あの頃はピンと来ていなかった。

働くことには、そんなに高校を卒業する事が必要なのか。ぐらいで。

仕事をするにあたって、資格とか、学歴とか、そんなに大切なの?

とよくわかっていなかった。



ただ、中卒じゃこれから先、私が色々不利になるんだ。と言う事は理解できた。


そこから、私は何に興味があるのかと考えてみた。


母が昔していた仕事に、なんとなく、ぼんやりだけど。

その仕事、良いかも!って思う様になった。


その為に昔からやってきた習い事も、無駄にならずに済むかも。と、私自身も興味があったけど、母に納得してもらえるような職業を選んだと言ってもいいかも。


そこで思いついた。


私は、留年する。



私が通っていた高校は、何種類かの科に別れていた。

私は、科を移動して1からやり直す!と決めた。



やりたい事が、今の場所ではなく、

違う科にあるから、と言う理由をつけて。


本当は、科なんて後付け。

違う環境で全てやり直したかっただけ。

自分をリセットしたかっただけ。

科の移動なら、留年しなくても手続きや試験で免れると言われたが、私はどうしても心機一転したかった。


彼らと同じ学年ではいたくない。

彼らの近くにはいたくない。



それには、留年じゃないとその頃の私は頑張れそうになかった。


留年することで、彼らと同じ教室、彼らの近くにいなくて済む。

その反面、留年することで、

逆に目立ってしまう。

教室は違うけど、同じ学校内にはいる。集会や、学校行事、登下校や廊下、などなど…

会う機会はたくさんある。

完全に彼らの視界に入らない環境ではない。


まして、1年生をもう一度やり直すわけだ。

入学式と言うものがある。


同じ学年だった人達からどんな風に見られるのか、すごく気になった。


それでも、私はそれ以上に、留年したかった。

もう決めていたんだ。

いつまでも休んではいられない

1日があっという間に過ぎて行く。

それは、心では常に「学校へ行かなきゃいけない」と思っていたからだ。


どんなに休んでいても、慣れることなく母は、

「明日は?」と聞いてくるからだ。

時々、「どうせ明日も行かないんでしょ?」

「弁当作る都合もあるんだから、行くの?行かないの?」と聞いてくる。


休んでいた最初の頃は、行かなくても毎日お弁当を作ってくれていた。


朝になって急に私が学校に行くって言うんじゃないかと母は期待と、お弁当がなかったら困るだろうと思っていたのかもしれない。


そのお弁当を私は、いつも家で食べていた。


「明日は?」と聞かれると、即!

行きたくない。

行くつもりない。と内心思っていた私だが。


素直に「明日も行かない」「ずっと行かない」「もう行きたくない、学校やめたい」なんていえなかった。


行かない、辞めたい、なんて言って母に怒られるのが怖かった。


感情的になって今後について辞めない様に説得させられるのが怖かった。


正論や先の不安や心配に丸め込まれて仕方なしにそれに従ってしまうことになるのが怖かった。


だから言ったじゃない!と言われる事になるのを恐れていた。


いつも、不安や心配が先に出て一歩が踏み出せない。


不安や心配は大人たちが吹き込んでくる。

大人たちが先を見据えたかの様に冒険はさせない。

一番、一般的で、一番、安全そうなやり方を教えてくれる。


春に近付くにつれて、一日がますます早く感じるようになった。


いつまでもこのままではいれない。

それはわかっていた。

休み始めは、まだまだ来年まで時間はあるし。

なんて余裕もあったけど、

新年度が近付いてくると、嫌でも自分の道を決めなきゃいけなくなる。


高校は、義務教育ではない。

4月になれば、みんなは学年が上がる。

私は、もう単位が足りない。

確か、担任はあの頃、試験か何かを受けたら留年しなくて済むかも。とか言っていたような…

それを母に話したらしい。


でも、私は、あのクラスには戻りたくない。

私は、彼らがいるクラスには行きたくない。


試験を受けるなんて考えは全くなかった。


留年になるか、自主退学になるか。


どちらかだった。

外の景色を見てみよう

私は夏休み明けから、ほとんど学校に行けなくなって、秋には完全なる不登校児。


半年、学校に行かなかったけど、完全に引きこもっていたわけではなかった。


中学の頃から男子にいじめられて不登校を経験。


同じ歳ぐらいの男の人が怖くて、私とは全く関係のない事で盛り上がったり笑ったりしている声すら、耳に入ってきただけで「私のことかもしれない」と怖くなった。

それが、知らない人であっても。

スーパーや、道路、病院、とにかくどこでも、面識のない人なのに、関係ないのに怖かった。


それほど敏感になって反応していた。


そして、精神科に通うまで自分を追い込んでしまった。


不登校してる間、一度だけ一人旅に出させてもらった事がある。

電車に乗って隣の県まで一泊二日。


地元では、神経過敏になり過ぎていた為、私のことを一切知らない人ばかりの土地に行きたくなった。


一人で電車に乗って隣県へ、私にとっては大冒険だった。


ただ、ワクワクしていた。


あんなワクワクは何年かぶりだった。

今思えば、家出少女みたいにも見えたかも!


あてもなくブラブラしていたけど、知らない土地では、同じ歳ぐらいの男の人とすれ違っても、声が聞こえてきても全然怖くなかった。


私は、どうやら男の人が怖いわけじゃなかったらしい。


地元では、いつどこで彼らと会うか、彼らと繋がりのある人に会うか、中学の頃にいじめてきた男子にも会うかもしれない…なんて先回りして常に意識していたみたいだ。



そう思って、楽になったのか、元々人見知りが激しいと思っていた私だったが、一人旅をしたおかげで分からない事があったり、道や駅のホームに自信がない時はすぐに人に聞いてみる!をする事が出来る様になった。

そして帰る頃には人見知りをだいぶ克服することが出来ていた。


たった一泊二日だったけど、この一人旅での収穫が後に私を助けてくれる事に繋がってくれた。